一つの王国、三人の運命。
ふたりのイングランド女王とひとりのスペイン王が織りなした物語は、単なる王室ドラマにとどまらない。宗教・権力・信仰の交錯が、ヨーロッパ全体を揺るがすほどの火花を散らした。
この記事のポイント
- 1553年、イングランドにて、ジェーン・グレイが王位に就くも9日で退位する
- 続いて即位したメアリー1世とフェリペ2世が結婚し、「カトリック政策」を推進する
- その後即位したエリザベス1世はフェリペ2世の求婚を拒否、アルマダの海戦ではスペインに勝利
序章|“9日間の女王”レディ・ジェーン・グレイの悲劇
エドワード6世の死後、プロテスタント体制を維持しようとする政権によって即位させられたのが、レディ・ジェーン・グレイ。
ヘンリー8世の妹の曾孫にあたる彼女は、王位継承権をねじ曲げた政争の犠牲者として、わずか9日間で退位させられた。
即位を主導したのは、摂政ジョン・ダドリー公ら有力な新教貴族たち。だが、民衆の支持を集めたメアリー・チューダーが反乱を起こし、ジェーンは退位。
のちに反逆者としてロンドン塔で処刑された。
(レディ・ジェーングレイの処刑)
この悲劇的な出来事は、メアリー1世とエリザベス1世の物語の“前哨戦”であり、宗教的緊張が王位継承に直結することを象徴していた。
第一幕|メアリー1世とフェリペ2世の政略婚
(続いて女王となったメアリー1世)
1553年、メアリー1世が即位すると、カトリック信仰を復興させようとする動きが加速する。翌1554年、彼女はスペインの皇太子フェリペ(後のフェリペ2世)と結婚。
この婚姻は、カトリック大国スペインとイングランドの強固な同盟を目指すものであったが、国内では強い反発が巻き起こった。フェリペは王配としてイングランドに滞在するも、議会は彼に統治権を与えず、メアリーとの関係も冷却。
さらにメアリーは、プロテスタント弾圧により約300人を火刑に処す。こうして「血まみれのメアリー(ブラッディ・メアリー)」の異名を得ることとなった。
二人の間に子は生まれず、メアリーの死によって婚姻は終焉を迎えた。
第二幕|処女王エリザベスと求婚者フェリペ2世
(エリザベス1世)
1558年、異母妹エリザベスが即位する。
彼女はプロテスタントとして国教会を再確立し、宗教的寛容を示しつつもカトリックの影響力を排除していく。
フェリペ2世は、イングランドとの結びつきを保つため、妻の死後まもなくエリザベスに求婚するが、彼女はこれを拒否。以後、両者の関係は徐々に悪化。
エリザベスはネーデルラントの新教徒反乱を支援し、海賊(シー・ドッグス)によるスペイン船襲撃を黙認。フェリペはこれに激怒し、ローマ教皇からも異端女王とみなされたエリザベスとの全面対決に向かう。
第三幕|アルマダの海戦──処女王の演説と勝利
1588年、フェリペ2世は「無敵艦隊(アルマダ)」を編成。数万の兵を擁する艦隊を送り、イングランド本土への上陸を計画した。
だが、イングランド艦隊は小型・高速の船でアルマダを翻弄し、火船による攻撃で陣形を崩壊させた。さらに激しい嵐がスペイン艦隊を追い打ちし、多くの艦が難破・漂流。
戦闘で失ったのは約6隻だったが、損傷と嵐による損失を含めると、帰還できたのは半数以下であった。
この戦いの最中、エリザベスはティルベリーで兵士たちを前に有名な演説を行い、国民的団結を象徴した。そして、剣を抜くことなく、彼女はフェリペ2世の野望を打ち砕いたのである。
まとめ
レディ・ジェーン・グレイの短命な治世、メアリー1世とフェリペ2世の政略結婚、そしてその後継者エリザベスとフェリペの冷戦状態──
これらの連なりは、単なる王族間の愛憎を超えて、ヨーロッパの信仰地図と覇権の構図を塗り替えた。
エリザベスは“処女王”として国家と結婚し、フェリペは“信仰の王”として神の意志を信じて突き進んだ。だが、勝利の女神が微笑んだのは、剣を持たぬイングランドの女王だった。
さらに詳しく:
📖 フェリペ2世 | 冷酷なる信仰の守護者、その孤独な帝王像
📖 無敵艦隊の敗北|アルマダ海戦とスペイン帝国のほころび
参考文献
- 森 護『エリザベス女王とイングランドの栄光』中公新書、1992年
- 山本秀行『海の覇者イギリス──アルマダ海戦からトラファルガーへ』講談社学術文庫、2005年
- Susan Doran, Elizabeth I and Her Circle, Oxford University Press, 2015
- Garrett Mattingly, The Armada, Houghton Mifflin, 1959
- Geoffrey Parker, The Grand Strategy of Philip II, Yale University Press, 1998
- Geoffrey Parker, Imprudent King: A New Life of Philip II, Yale University Press, 2014
・Elliott, J. H. The Count-Duke of Olivares: The Statesman in an Age of Decline. Yale University Press, 1986.
・Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip IV: The Failure of Spain, 1621-1665. Yale University Press, 2000.
・Brown, Jonathan & Elliott, John H. A Palace for a King: The Buen Retiro and the Court of Philip IV. Yale University Press, 2003.
・Stradling, R. A. Philip IV and the Government of Spain, 1621-1665. Cambridge University Press, 1988.
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