マクシミリアン2世とは | 宗教戦争前夜の迷える皇帝

終油の秘跡（カトリックで、死に際して神の赦しを願う儀式）を拒んだ――それはカトリック皇帝としては異例であり、ある意味では禁忌ですらあった。

臨終の床でその選択を下した男の心には、宗教の境界線を越えた何かがあったのかもしれない。ルター派にも、カトリックにも、どちらにも染まりきらぬ精神。

/ (マクシミリアン2世)

マクシミリアン2世、その歩みは、宗教戦争前夜の不安と希望が交錯する時代を体現していた。

帝国の静けさと葛藤

マクシミリアン2世は、神聖ローマ皇帝フェルディナント1世の長男として生まれ、1564年にその地位を継いだ。だが彼は単なる後継者ではなかった。

人文主義と宗教改革という相反する潮流の交錯する中で育ち、従来のハプスブルク家の「カトリック防衛者」という枠には収まりきらぬ人物であった。

フェルディナント1世の死に際して、マクシミリアンはチェコとハンガリーの王位を受け継ぎつつ、弟たちには前部オーストリア、内オーストリアが分割される。これにより、オーストリア・ハプスブルク家は三系統に分裂。

(家系図)

帝国はもはや一枚岩ではなかった。

宗派の狭間で――カトリックかプロテスタントか

彼はカトリックの家に生まれた。

しかしその心は、必ずしもローマ教会にのみ傾いてはいなかった。人文主義者エラスムスの思想に共鳴し、宗教寛容と理性を重んじた教育を受けたマクシミリアンは、プロテスタンティズムにも強く魅かれていた。

その傾向は周囲にも明白であり、次代の皇帝として不適格と見なされることさえあった。スペイン王フェリペ2世を皇帝に据える案まで浮上したほどである。

宗教の境界に立つ者

実際、臨終の際に終油の儀式を断ったという彼の選択は、カトリックの教えに強く疑問を抱いていたことを示すものだった。だが、それは信仰そのものを捨てたわけではない。

対立する宗派のあいだで争うより、互いを認め合える道を探ろうとした姿勢だった。

マクシミリアンは、宗派が違っても共に暮らせる社会を理想とし、皇帝としてそのための環境づくりに努めた。実際、帝国内では信仰の自由をある程度認め、オスマン帝国との戦争協力の見返りとしても、信仰選択の自由を黙認した。

(父帝が結んだ和議を遵守した)

このように、彼は厳格な指導ではなく、「静かに和解を求め続けた皇帝」だったのである。

平穏の裏の火種――ハンガリーとトランシルヴァニア

彼の統治は全体として安定していたとされる。

しかし、ハンガリーでは事情が異なる。王位継承以来、ハンガリーでは、ハプスブルク君主が現地に定住せず、中央からの支配を強めようとしたことへの不満が積もり、特に中小貴族の反発は激しかった。

トランシルヴァニアではカルヴァン派・ユニテリアン派を含む四宗派共存が進み、ハプスブルクの支配を否定する独立的傾向が強まっていく。これにより同地は「反ハプスブルク」の象徴となり、宗教と政治の両面で帝国の不安定要因となっていた。

ポーランド王位への野望

慎重で穏やかな政治姿勢とは裏腹に、マクシミリアンには一つの野心があった。それはポーランド王位の獲得である。

1572年、ヤギェウォ朝断絶により空位となったポーランド王位を巡り、マクシミリアンは二度にわたって選出を目指すが、ポーランド貴族たちは彼を「帝国による外圧」と見なして反発。

最終的にはロシアと同盟を組んでの武力介入すら検討されるが、彼の死によって計画は頓挫した。

芸術と寛容の遺産

政治的には目立った「英雄的」成果を残さなかった彼だが、文化面では特筆すべき業績を残した。

彼と次代のルドルフ2世の時代には、ウィーンやプラハ、テルチやリトミシュルでルネサンス文化が花開いた。宗教戦争の荒波の中にあって、文化と寛容の火を絶やさなかった皇帝――

それがマクシミリアン2世であった。

まとめ

マクシミリアン2世は、宗教戦争という巨大な嵐の接近を感じ取りながら、静かにそれを食い止めようとした皇帝である。カトリックかプロテスタントか、帝国の未来か個人の信仰か――

その板挟みにあって、彼が選んだのは力による支配ではなく、対話と中庸という苦い選択だった。

分裂は避けられなかったかもしれない。だが、その前夜に迷い、悩み、葛藤した皇帝がいた。血を流すことよりも言葉を、弾圧よりも共存を選ぼうとした――それは、宗教戦争へと傾くヨーロッパにとって、最後の希望だったのかもしれない。

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