マクシミリアン1世と婚姻政策｜結婚で築かれた帝国

馬上の騎士が、血のにじむ甲冑を脱ぎ捨て、王妃との寝室へと向かう。だが、その手には剣ではなく、婚姻契約書が握られていた。

後世「最後の騎士」と称されたマクシミリアン1世。戦場ではなく婚姻の場にこそ、彼は帝国の未来を賭けたのである。

(マクシミリアン1世の肖像画)

本稿では、ハプスブルク家の拡大と存続の要となったこの男の婚姻政策、そしてその背後にある苦悩と冷徹な現実を描き出す。

皇帝マクシミリアン1世とは

1459年、ウィーナー・ノイシュタットに生まれたマクシミリアンは、神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世とポルトガル王女エレオノーレの子である。

わずか3歳で市民の反乱により籠城を経験し、幼くして「統治とは苦難を伴うもの」と悟る。

成人後、軍事遠征に25回出陣。だが剣だけでは帝国は築けないと理解していた彼は、巧みに婚姻と交渉を武器に転じていく。

ブルゴーニュの婚姻とフランスとの衝突

1477年、フランスと神聖ローマ帝国の中間にあった富裕なブルゴーニュ公国。

その継承者マリーとの結婚により、マクシミリアンはネーデルラントを獲得。しかし、この動きはフランス王ルイ11世の野望を刺激し、戦争に発展した。

1482年、マリーの急死により、マクシミリアンは息子フィリップの摂政としてブルゴーニュを統治。

1488年には反発する市民によってブルッヘに幽閉されるが、最終的に1493年のサンリスの和約で、ネーデルラントはハプスブルクの手に残った。

皇帝戴冠とイタリア戦争

1493年、父フリードリヒ3世の死によりオーストリアを継承。

だが、ローマでの戴冠をヴェネツィアに阻まれたため、1508年にトレントで自ら「選出された皇帝」を宣言。これにより、ローマ戴冠という中世の伝統は終わりを告げた。

一方でフランスとの対立は激化。イタリアに進出したシャルル8世に対抗すべく出兵したが、北イタリアはほぼフランスの手に落ちた。

婚姻政策

マクシミリアンが真に天下を制したのは、結婚の妙によってである。

1496年、長男フィリップをスペイン王女フアナと、翌年には娘マルガレーテをスペイン王太子フアンと結婚させる「たすき掛け婚姻」により、スペイン王家との結びつきを得た。

この後、スペイン側の相次ぐ早世という不運が、むしろハプスブルクに幸運をもたらす。

「偶然」の帝国地図

(家系図と相関図)

1506年にフィリップが没した後、その子カルロスが1516年にスペイン王として即位。ハプスブルク＝スペイン両系の融合が実現する。

さらに1515年、東欧の大国ヤゲウォ家との二重婚姻によって、ハプスブルク家は将来のボヘミア・ハンガリー継承の布石を打った。

そして1526年、モハーチの戦いでラヨシュ2世が戦死すると、フェルディナント1世が両王国を継承するに至る。こうして、結婚と「偶然」が交錯する中で、ハプスブルク家の大帝国が現出する。

統治構想と現実の乖離

しかしマクシミリアンの構想は、すべてが成功だったわけではない。

イタリア支配をめぐっては、神聖ローマ帝国の旧来の理想、十字軍再興やビザンツ帝国の復活という夢に囚われていた。

また、帝国の制度改革では「永久ラント平和令（私闘の禁止）」「帝室裁判所」「帝国議会制度」などを導入し、中央集権化を試みたが、帝国諸侯の協力は限定的だった。

中世と近世のはざまで揺れる帝国。マクシミリアンはその混沌の中で、理想と現実の橋を架けようとしたのである。

まとめ

(真ん中に映るのが、後継者となるカール5世)

マクシミリアン1世は「剣よりも結婚」で領土を広げた皇帝として記憶されている。だが、その陰には果敢な軍事行動、壮大な帝国理念、そして諦めのない調整と交渉があった。

彼の築いた「婚姻帝国」は、偶然の積み重ねだけではない。マクシミリアンの意志と外交が紡ぎ出した、壮麗で脆いガラス細工のような帝国地図だった。

その輝きは、孫カール5世のもとでひときわ強く光を放つが──

やがて過剰な純血が、王家の血脈に静かなる罠を仕掛けていく。帝国の栄光は、いつしかその血に取り憑かれ、崩壊の予兆となって姿を現すのである。

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