スペイン・ハプスブルク家とオーストリア家の分岐

帝王カール5世が静かに微笑むことは、ほとんどなかった。 その沈黙こそが、彼が背負った「太陽の沈まぬ帝国」の重さを物語る。

彼の帝国は、あまりにも広大だった。そして、あまりにも多くを望みすぎた。 最終的に彼は、帝国の半分を弟フェルディナンドに託す。

(兄弟の家系図)

それは裏切りではなく、分裂でもない。 限界を知った男の、最後の決断だった。

分岐の記憶～兄カルロスと弟フェルディナンド

1500年、フランドルの古都ガンに生まれたカール5世 (スペイン王としてはカルロス1世)。 神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の孫であり、スペイン・カトリック両王の血を引く少年は、 やがてヨーロッパ、そして新世界にまたがる帝国の王となる。

一方、弟フェルディナンドは1503年、スペインのアルカラ・デ・エナーレスに生まれた。 同じ父母を持ち、同じく帝王の器として育てられながらも、二人の道は早くも分かれ始めていた。

あまりに広大すぎた帝国

カール5世が統治した領土は、スペイン、新大陸、オーストリア、ネーデルラント、イタリア、ドイツに及ぶ。 彼は神聖ローマ皇帝の座を金と外交で勝ち取り、「普遍帝国」の夢を掲げた。

だが現実は、宗教改革、フランス王フランソワ1世、オスマン帝国スレイマン1世といった強敵に囲まれ、 次第に帝国の統治は困難を極めていく。

カール5世は、オーストリアと中東欧の支配を、弟フェルディナンドに託す。 それは単なる分担ではなく、ひとつの歴史的転機だった。

弟フェルディナンド、もうひとつの帝国の始祖

フェルディナンドは、ハンガリー、ボヘミア、オーストリアを中心とした広大な「ドナウ君主国」を築き上げる。 彼は在地貴族と丁寧に交渉を重ね、法整備と行政改革を進めながら、オーストリアにおけるハプスブルクの支配基盤を確立した。

第一次ウィーン包囲に際しては、冷静な対応でオスマンの脅威を退け、ドイツ語も習得して信頼を勝ち取っていった。 そして兄が退位すると、神聖ローマ皇帝フェルディナンド1世として即位。

以後、彼の子孫がオーストリア・ハプスブルク家を受け継いでいくこととなる。

  (両家の家系図)

ふたつの王朝、その後の対照

兄カルロスの息子フェリペ2世がスペインを継ぐと、帝国は正式に東西に分かれた。 フェリペ2世はイベリア半島と新大陸を統べ、「カトリックの守護者」として対外戦争と宗教弾圧に力を注いだ。

一方、オーストリアのフェルディナンド家は、宗教対立の火種を抱えながらも、調停と妥協を繰り返す地道な内政に努めた。 外交、戦争、宗教──二つの帝国はそれぞれ異なる道を進んだが、共にヨーロッパの運命を担い続けたことに変わりはない。

やがて、カールの子孫がスペイン・ハプスブルク家を、フェルディナンドの子孫がオーストリア・ハプスブルク家を統べることとなる。

ふたつの帝国に託された夢

カール5世の子フェリペ2世はスペイン・ハプスブルク家を継承。

一方で、フェルディナンドの血筋はオーストリアを受け継ぎ、 ヨーロッパ中に名を轟かせるふたつの大国が誕生した。

宗教的対立、戦争の激化、外交の綱渡り──。 分かたれた兄弟の帝国は、それぞれ異なる苦悩と希望を背負いながら、 それでも「ハプスブルク家」の名のもとに、その血脈を広げていった。

まとめ

兄カール、弟フェルディナンド。

ふたりの兄弟が切り拓いた道は、のちのヨーロッパ史に深い影響を与えた。 スペイン・ハプスブルク家と、オーストリア・ハプスブルク家。 その起源には、王たちの野望ではなく、一族の重責と苦悩があった。

太陽の沈まぬ帝国──その夢は、分かたれた兄弟の手で、ふたつの形に生き延びたのである。

さらに詳しく：
📖 カール5世｜太陽の沈まぬ帝国、その重さと孤独
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