美しき者は儚く、そして非情である。
フェリペ1世(フィリップ美公)は、その端正な容姿と華麗な宮廷文化で知られる。しかし、彼の人生は決して華やかなものではなかった。
カスティーリャ王としての在位はわずか数ヶ月、しかしその短い治世の中で、彼は陰謀と策略の渦に巻き込まれ、そしてあまりにも早くこの世を去った。彼を突き動かしたのは野心か、それとも運命の悪戯だったのか——。
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若き美公の誕生と栄光
1478年、ブルゴーニュ公国の宮廷に生を受けたフィリップ。父は神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世、母はブルゴーニュ公女マリー。
美しき血統を引く彼は、幼少期から華麗なる宮廷文化の中で育てられた。
フランス、神聖ローマ帝国、そしてネーデルラントの文化が入り混じる環境で、彼は自然と政治の駆け引きと華やかな社交を身につけた。
やがて、彼の美貌とカリスマ性はヨーロッパの貴族社会で評判となる。女性たちは彼の微笑みに酔い、貴族たちは彼の手腕に期待を寄せた。だが、そんな彼の運命を決定づけたのは、父が決めた一つの政略結婚であった。
フアナとの結婚
1496年、フィリップは、カスティーリャ王国の王女フアナと結婚する。
(妻フアナと義理両親の家系図)
彼女はカスティーリャ女王イサベル1世とアラゴン王フェルナンド2世の娘であり、この婚姻によってハプスブルク家はカスティーリャ王国およびアラゴン王国と結びつきを深め、後のスペイン王国の礎を築くことになった。
しかし、この結婚生活は幸せなものではなかった。
激情と不和
結婚当初は確かに互いに惹かれ合っていたという証言もあるが、フアナは彼を激しく愛し、彼以外の女性の影すら許さなかった。
一方、フィリップは自由奔放で、宮廷のしきたりにも馴染めず、フランドルの貴族たちと共に享楽的な生活を送った。結婚当初は惹かれあっていたと言われる二人だが、彼の不貞が発覚するたびに、フアナは激昂し、泣き叫び、狂気じみた行動をとるようになった。
やがて彼女は「狂女フアナ」と呼ばれるようになるが、その狂気を引き起こしたのは、実のところフィリップ自身の行動だったとも言われている。
即位と宮廷の陰謀
(フィリップの家系図 義理父フェルディナント2世)
1504年、カスティーリャ女王イサベル1世が死去すると、フアナとフィリップはカスティーリャ王位を継承することになった。しかし、フアナの父フェルナンド2世は、娘を王位から排除し、自らがカスティーリャの支配を続けようと画策していた。
フィリップはフランドル貴族の支持を受け、カスティーリャの宮廷に乗り込み、フェルナンドを押しのけようとする。1506年、ついにフェルナンド2世は屈し、フィリップは正式にカスティーリャ王(フェリペ1世)として即位することになった。
(1506年、義父フェルナンドとの対面)
しかし、彼が王として君臨したのは、ほんの数ヶ月に過ぎなかった。
急死—毒殺説の真相
1506年9月、フェリペ1世は病に倒れ、28歳の若さで急死した。公式記録では「熱病による死」とされているが、当時から様々な噂が飛び交った。
中でも最も囁かれたのが「毒殺説」である。
カスティーリャ王位を取り戻したかったフェルナンド2世、あるいはフランドル貴族の中で権力争いを繰り広げていた者——彼の死を望む者は少なくなかった。歴史家の中には、彼が病死したのではなく、ワインに毒を盛られたのではないかと推測する者もいる。
真相は闇の中に消えた。しかし、フェリペの死後、カスティーリャ王国は再びフェルナンド2世の手に戻り、フアナは「狂女」として幽閉される運命をたどることになる。
まとめ
フィリップ (フェリペ1世) は、ヨーロッパ史において決して長く君臨した王ではなかった。しかし、その短い生涯の中で、彼はカスティーリャ王国の命運を揺るがし、狂女フアナとの愛憎劇を歴史に刻み込んだ。
美貌と野心、享楽と陰謀—彼の人生はまるで劇的な物語のようであり、その影は今なお歴史に色濃く残っている。
参考文献
- Archivo General de Simancas(スペイン王室公文書館)
- Elliott, J. H. Imperial Spain: 1469-1716. Penguin Books.
- Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip II. Yale University Press.
- Brandi, Karl. The Emperor Charles V: The Growth and Destiny of a Man and of a World Empire. Knopf, 1939.
- Spielvogel, Jackson J. Western Civilization: Volume I: To 1715. Cengage Learning, 2011.
- スペイン王家の歴史 (2016年出版)
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