編集者コラム「ハプスブルク百科を立ち上げました」

2025年6月、「ハプスブルク百科」を公開した。

遥か遠い昔の王家の記録に、なぜこうも心を奪われるのか。理由は、今でもうまく説明できない。すべての始まりは、児童書『ベラスケスの十字の謎』との出会いだった。

舞台は、フェリペ4世が君臨する黄金時代のスペイン。

その宮廷で、ひとりの画家――ディエゴ・ベラスケスが、「ラス・メニーナス」の完成を目指し、現実と幻想、忠誠と創造の狭間で葛藤する姿が、抒情的に描かれていた。

ベラスケスの十字の謎 表紙 (ベラスケスの十字の謎 表紙)

読むうちに私は、この物語の奥にある「静かな狂気」に引き込まれた。宮廷の権力構造、王と家族、召使たち、そして画家自身が、絵の中で「永遠」に閉じ込められていく感覚。

その背景にある一族の歴史を、もっと知りたいと思った。

以来、一次資料や歴史書を読み漁る日々が始まった。そして気づいたのだ――ハプスブルク家を辿ることは、そのままヨーロッパの歴史そのものを辿ることだと。

しかし、ネットにある情報は断片的で、学術書は難解なものが多い。この豊かで、矛盾に満ちた一族の歴史を、もっとわかりやすく、丁寧に伝えられないか。

その思いから、この「ハプスブルク百科」は生まれた。

公開から間もないにもかかわらず、ありがたいことに多くの方に読まれている。とくに注目を集めているのは、「ハプスブルク顎」や「近親婚」、そして「カルロス2世」など、一族の終焉に関わるテーマばかりである。

おそらく、人は“終わり”にこそ、物語の真の核心を見出すのだろう。あらがいきれない血の宿命に、孤独に立ち向かう王や皇女たちの姿に、胸を打たれるのかもしれない。

この百科では、史実と一次情報を重視し、脚注と裏付けを明記している。誤った伝承や誇張された逸話を避け、可能な限り信頼できる形で構成した。

このコラムは、編集者としてはじめて、そしておそらく最後の個人的な言葉になるだろう。私は歴史学者ではない。ただ、心を奪われたひとりの読者にすぎない。

ただ、ひとつだけ願っていることがある。

このサイトを、いつか歴史が苦手な誰かが読んで、「少しだけ面白かった」と感じてくれること。
それだけで、すべての労が報われる気がする。ハプスブルク家という鏡を通して、人の営みと歴史の連なりを、誰かが見つけてくれることを願ってやまない。

(2025.6.19 編集者)

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