アルブレヒト2世と“支配の中枢化”|オーストリアから帝国へ

その男は、帝冠の重みをまだ知らぬまま玉座に就いた。

Albrecht II. von Habsburg (アルブレヒト2世)

戦いで勝ち取ったわけではない。血のつながりが、彼に王の座をもたらした。アルブレヒト2世――

ヨーロッパの秩序が崩れはじめた時代に、わずか2年という短い時間、帝国の中心に立った人物である。その治世は短くとも、のちのハプスブルク帝国につながる、大きな流れの始まりだった。

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即位への道|つながる王冠

1397年、アルブレヒトはウィーンで生まれた。

父はオーストリア大公。生まれたときから将来が約束されていたわけではなかった。だが、1437年に神聖ローマ皇帝ジギスムントが亡くなると、事態は大きく動く。

アルブレヒトはジギスムントの娘エリーザベトと結婚していたことから、「ハンガリー王」と「ボヘミア王」の位を引き継ぎ、さらにドイツ諸侯の支持を得て皇帝に選ばれた。

このとき、ハプスブルク家は初めて「東欧三つの王冠」を手にした。しかもそれは戦争によってではなく、結婚と血筋によって得たものである。

これは、のちに「結婚で帝国を広げた」ハプスブルク家の得意技となっていく。

帝国をまとめる挑戦

だが、その道は平坦ではなかった。

アルブレヒトが王となった国々は、それぞれに問題をかかえていた。ハンガリーではオスマン帝国が攻め込んできており、南の国境は緊張していた。

ボヘミアでは、キリスト教の宗教改革運動「フス戦争」の混乱が続き、国内が荒れていた。彼は自ら軍を率いて戦い、各地をまわり、混乱の収拾にあたることとなった。

さらに、ドイツでは諸侯(領主)たちの力が強く、皇帝といっても命令がすぐに通るわけではなかった。彼は、皇帝として帝国全体のバランスをとるため、慎重に行動していた。

特に、皇帝の出身地であるオーストリアを帝国の中心に置くという考えは、これまでの皇帝像を変えるものであった。

戦争と病、短すぎた治世

だが、そんな彼にも容赦なく運命が襲いかかる。ハンガリー遠征の最中、軍の野営地で病に倒れ、1439年に42歳でこの世を去る。

わずか2年に満たない皇帝としての人生は、あまりに短かった。壮大な「帝国をまとめる」という構想は、実現する前に潰えたかのように見えた。

しかし、彼の死が新たな流れを生み出す。

息子ラディスラウスはオーストリアの王位を継ぎ、従兄弟のフリードリヒ3世が次の皇帝となった。こうして、帝位はハプスブルク家のものとなっていく。アルブレヒトの時代は短かったが、彼が開いた「道」は、確実に続いていくことになる。

王冠のつながりが意味したもの

アルブレヒトの治世は、帝国のあり方そのものに問いを投げかけた。

それまでの神聖ローマ帝国は、教皇と皇帝の関係、諸侯たちのバランスによって保たれていた。だが、アルブレヒトはそれを「血のつながりでまとめる帝国」へと変えようとした。

ハンガリー、ボヘミア、ドイツ、そしてオーストリアという複数の国の王位を、一つの家が受け継いでいく。この仕組みは、のちのハプスブルク帝国、そしてオーストリア=ハンガリー二重帝国につながっていく。

彼は自らの力で何かを成し遂げたというより、「つなげる役割」を果たした人物である。皇帝という存在を、選ばれる存在から「家で引き継がれる存在」へと変える、その始まりがここにあった。

まとめ

アルブレヒト2世は、名声を残すような英雄ではなかった。

だが、彼の短い治世は、帝国の形を変えた。戦争ではなく結婚によって王位を得て、東欧の国々と皇帝の座をまとめたことで、帝国の“中心”はオーストリアへと動き始めた。

「帝国の支配を一つの家で受け継ぐ」――この考え方は、のちにハプスブルク帝国の大きな特徴となっていく。彼の静かな決断と行動は、700年続く王朝の“胎動”だったのである。

さらに詳しく:
📖 フリードリヒ3世|沈黙の帝王、粘り強さで帝国を統一した男
📖 カール5世|太陽の沈まぬ帝国、その始祖の孤独
📖 マクシミリアン1世とマリー|結婚が築いたハプスブルク帝国

参考文献
  • 岩崎周一『ハプスブルク帝国』(講談社現代新書)

  • Thomas A. Brady, German Histories in the Age of Reformations, 1400–1650(Cambridge University Press)

  • Theodore G. Tappert (ed.), The Book of Concord – historical prefaces

  • Karl Vocelka, Die Habsburger: Eine europäische Familiengeschichte

・Kamen, Henry. Philip IV of Spain: A Life. Yale University Press, 1997.
・Elliott, J. H. The Count-Duke of Olivares: The Statesman in an Age of Decline. Yale University Press, 1986.
・Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip IV: The Failure of Spain, 1621-1665. Yale University Press, 2000.
・Brown, Jonathan & Elliott, John H. A Palace for a King: The Buen Retiro and the Court of Philip IV. Yale University Press, 2003.
・Stradling, R. A. Philip IV and the Government of Spain, 1621-1665. Cambridge University Press, 1988.

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