1919年9月、第一次世界大戦終結の余波のなか、かつてのハプスブルク帝国の中心地であったオーストリアが、ひとつの条約に署名した。それが「サンジェルマン条約」である。
(右図がサンジェルマン条約)
だが、これはただの講和条約ではなかった。
それは、帝国の終焉を法的に定めるものであり、同時に「帝国の清算」を押し付けられた文書でもあった。条約の名の下に、領土は分断され、国名は変更され、
未来の道筋すら制限されたのである。
この記事のポイント
- カール1世退位後、「オーストリア」は小国として講和を強いられた
- サンジェルマン条約で、オーストリアの遺産と領土は各国に分割された
- 新生オーストリア共和国は合邦と軍備を禁じられ出発した
消滅した国家、交渉できぬ帝国
第一次世界大戦は、ドイツ、オスマン帝国、ブルガリア、そしてハプスブルク帝国の敗北で幕を閉じた。しかし、1919年1月に開かれたパリ講和会議に、「ハプスブルク帝国の代表」はいなかった。
なぜなら、すでに帝国そのものが解体し、各地にはチェコスロヴァキアやユーゴスラヴィアなどの「継承国家」が誕生していたからである。
帝国の法的継承者とみなされたのは「ドイツ・オーストリア共和国」。ドイツ語を話すオーストリア人による小国家である。
この国が、サンジェルマン条約の交渉当事者とされた。
押し付けられた「敗戦」の代償
条約は、敗戦国に一方的に課せられる形で進められた。オーストリアには主張の機会が与えられたものの、その多くは却下された。
条約によって、オーストリアは以下の義務を負うことになった:
- 第一次世界大戦における責任の受諾
- 徴兵制の廃止、軍の縮小、航空兵器の禁止
- 「ドイツ・オーストリア」という国名の禁止、およびドイツとの合邦の否認
さらに、チェコスロヴァキア、ユーゴスラヴィア、ポーランド、ルーマニアといった新国家が、戦勝国の側に立って条約の当事者として名を連ねた。
領土の喪失と民族の分断
最も重大な結果は、領土の喪失だった。オーストリアは旧ハプスブルク帝国の中核をなしていたにもかかわらず、自らの国土を大幅に失った。
(オレンジ色が旧オーストリア=ハンガリー帝国)
特に象徴的だったのは、
- ドイツ・ボヘミアとドイツ・モラビアを含むズデーテンラントがチェコスロヴァキアへ
- 南チロルがイタリアへ と割譲されたことである。
ドイツ系住民が多数住んでいた地域が他国に帰属することで、数百万人が「望まぬ国」に取り残される結果となった。
一部地域では住民投票が実施され、ケルンテン南部(スロヴェニア人が多数派であった地域)がオーストリア領にとどまることとなったが、これは例外的なケースである。
帝国の清算と正統性の再構築
サンジェルマン条約はまた、帝国が所有していた財産、文書、文化財などの処理にも言及した。これらの「帝国の遺産」は、新たに誕生した国々にとっても、自らの正統性を証明するための根拠であった。
しかし、条約はオーストリアにとって、未来への制限でもあった。多民族国家を失った後、残されたのは山岳地帯と小さな経済圏。大国の影響力も、王朝の威光も、すべて過去のものとなった。
まとめ
サンジェルマン条約は、単なる終戦の合意ではなかった。
それは、かつての「帝国」に対する歴史的な終止符であり、新生オーストリア共和国に対する「出発の条件」であった。
700年の歴史を持つハプスブルクの遺産は、条文の中で細かく分割され、整理され、時に切り捨てられた。それは、武器を持たない戦争、書類と印章による「見えない戦争」の記録でもあった。
さらに詳しく:
📖 カール1世|最後の皇帝、最初の平和主義者
📖 ハプスブルク帝国の清算|解体後に残された“見えない戦争”
📖 トリアノン条約とは|地図の線が奪ったものと、帰れぬ故郷
参考文献
- 馬場優『ハプスブルク帝国—最後の皇帝と民族の解放』東京大学出版会
- Treaty of Saint-Germain (1919)
- 中野京子『ハプスブルク家の人びと』文藝春秋
- Österreichisches Staatsarchiv
- World War I Document Archive(Brigham Young University 提供)
・Elliott, J. H. The Count-Duke of Olivares: The Statesman in an Age of Decline. Yale University Press, 1986.
・Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip IV: The Failure of Spain, 1621-1665. Yale University Press, 2000.
・Brown, Jonathan & Elliott, John H. A Palace for a King: The Buen Retiro and the Court of Philip IV. Yale University Press, 2003.
・Stradling, R. A. Philip IV and the Government of Spain, 1621-1665. Cambridge University Press, 1988.
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